大腸癌ステージIIIを克服した負けず嫌い男が病気になって気づいたこと。

こんにちは。

 

一般社団法人日本自律神経整体協会

キヅキネットワーク

事務局です。

 

当会へ入会した先生のお一人に

大腸癌ステージⅢになられ

壮絶な人生を歩まれてきた方がいます。

 

その方の名は

「古谷玲央」先生。

 

神奈川県藤沢市で

整骨院をされています。

 

今回、古谷先生へインタビューを

行わせていただき

これまでの人生とそこから得た

気づきを語ってくれました。

 

誰の人生にもそこに行き着くまでの

ストーリーがあります。

 

不安と絶望、そして死を間近で

感じられた古谷先生の人生をご覧ください。

 

 

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大腸癌ステージIIIを克服した

負けず嫌い男が病気になって

気づいたこと。

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1章 社会に出て感じた不自由さ

 

私は、基本的に責任感が強く

真面目、直感で動くタイプです。

 

小学4年生から大学卒業(体育学部)まで

野球をしていましたが

 

すべてのステージで

キャプテンや副キャプテンを

務めていました。

 

活発で体を動かすこと

楽しいことがとにかく大好きです。

 

まがった事やださいこと(ゴミを捨てるとか)

が嫌いでそういったことをする人も

好きじゃありませんでした。

 

大学を卒業するまでは

割と自分の好きなように

やりたいことをやって

 

わがままに自由に

過ごしていました。

 

不自由さを感じはじめたのは

大学を卒業し、

 

日中は鍼灸院で修業しながら

夜は鍼灸の専門学校に

通っていたときからです。

 

修業先が昔ながらの鍼灸院で

ゴリゴリの丁稚奉公でした。

 

院長の理不尽な態度や激安の給料

(月200時間以上働いて給料7万円)、

休みは週に1日という環境で

僕のメンタルは削られ、

 

治療家という世界で成功するんだという

志しをもってこの世界に入ったものの

すぐに挫けました。

 

4月に入社・入学してから

4ヶ月が経つ頃には

 

もう仕事をやめたくて

しょうがありませんでした。

 

勇気を出して院長に、

退職し他の場所で働きたい

ということを伝えると

 

「お前みたいにすぐに逃げ出すやつは

 成功しない。やめて他に行っても

 まだ逃げだす。」

 

というようなことを言われ

 

そんなことを言われると

元々、負けん気が強いので

何くそと少しの間頑張れる、

 

というようなこと

を繰り返していました。

 

3~4ヶ月に1回こんな感じの

やり取りを繰り返しているうちに、

 

学校さえもやめたくなる気持ちも

出てきて鬱々と過ごしていました。

 

院長に相談しても怒られるだけなので、

母親に相談してももう少し頑張ってみなさい、

という言葉でそれに従う自分がいました。

 

今思うと、やめたい気持ちを

後押しして欲しかった自分がいた

と思います。

 

自分で決断することができずに、

決断を人(院長や母親)に委ねて

依存していたんだと思います。

 

もう一つは自分と同年代の他人

(大卒で会社に務めた友達たち)

を比べて給料や休みの多さを比べて

悲観的になっていました。

 

自分の人生に責任を持つことができず、

こうするべき、こうしないといけない、

という考えに縛られ

 

その時にしたかった気持ち

(仕事をやめたかった)を押さえ込んで、

やりたくもないこと(嫌々仕事をすること)

を続けていたような気がします。

 

なんとか3年間仕事と学校をやりきり

国家試験にも合格してから2年半後、

 

27歳の時大腸癌が発覚しました。

 

 

 

 

2章 嫌だったことを受け入れる

 

27歳6ヶ月

大腸癌ステージ3と診断。

 

病院の待合室で一人待っているときに

看護師さんに呼ばれ

 

「ご家族は一緒じゃないですか?」

 

と言われ、ただならぬ雰囲気を感じ

「終わった」と感じました。笑

 

その時点でうすうすやばめの病気だな

とは感じていたのですが、

 

診察室で大腸癌と診断された時

には目の前が真っ白になり

何も考えられなくなりました。

 

絶望というよりは

「どうしよう」みたいな気持ちでした。

 

家に帰りまず母親に

癌だったことを伝えた時は、

 

なんだか生きている心地がしていなくて

ふわふわした感じでした。

 

母はショックを受けていましたが

すぐに前を向き

 

「絶対に治してあげる」

「絶対に治してくれる先生を見つけてあげる」

 

と言ってくれ、

 

なんだかホッとしたような

気持ちになっ たのを覚えています。

 

それからはすぐに大きな病院に転院し

全身の検査へと進んでいきました。

2~3週間は、病院の検査がない時は

仕事は普通にしていました。

 

普通に生活をすることで

平常心を保とうしたのかもしれません。

 

でも、気持ち的にはなんで自分だけが

こんなことになるんだとか、

 

自分が何が悪いことしたかな、

とか考えていました。

 

治すための行動(検査など)は

していましたが完全に病気を

受け入れることはできていなかった

と思うし

 

漠然とした不安が

常につきまとっていました。

 

そのあと、母が調べまくってくれて

日本でも有数の大腸癌の手術の先生に

診てもらうことになり、すぐに入院し

手術することになりました。

 

僕の場合は腫瘍が大きくなりすぎて

腸閉塞になりかけていたので

手術以外の選択肢はありませんでした。

 

入院してからの1週間も

不安が常につきまとっていました。

 

「腸の状態が良くなければ一時的に

 ストマをつけることになるかも

 しれないこと」

 

「お腹を切ってあけてみないと

 分からないが腹膜に転移している

 可能性があること」

 

「これからの人生のこと」

 

「自分はいつまで生きられるのか

 ということ。

 

その不安は、消えることはなく

手術を迎え、無事に成功し

 

ストマをつけることも

腹膜への転移もなかったのですが

不安は消えることはありませんでした。

 

「再発」への不安

 

「病気した体で仕事は

 続けていけるのか」という不安

 

「いつまで生きられるのか」

という不安

 

「当時付き合っていた彼女とは

 どうなるのか」という不安

 

「自分は結婚できるのか」

 という不安

 

「子どもはできるのか」

 という不安

 

漠然とした不安しか

ありませんでした。

 

手術が終わってから2週間後には

仕事に戻っていました。

 

社会から取り残されている

ような焦りを感じ、すぐに

元の状態に戻りたかったのだ

と思います。

 

この時から抗がん剤

(自宅で普通に生活しながら

食後に服薬するもの)を

始めていました。

 

手術で大腸のリンパにまで

転移していたので

 

もしかしたら検査ではでてこない

癌細胞が肝臓や肺 に転移している

可能性があるとのことでした。

 

癌になってから自分でも色々勉強し

どうしたら癌が治るかという知識を

集めていく中で

 

抗がん剤での副作用を考えると

今の時点では抗がん剤をやりたくない

という気持ちを母親に伝えたところ

 

先生の言うとおりにしなさい、

もっと自分の体のことを考えなさい

と言われ激怒し、反抗したのですが

 

治療費を負担してくれていたのは

親だったので親の意見に

従うことにしました。

 

この時も自分で

決断することができなかった。

 

嫌々薬を飲み始め2ヶ月すると

副作用が出始め、気持ち悪さから

ご飯を食べられなくなり

メンタルが崩壊していきました。

 

それまで抑圧しながら

頑張っていたものが、

副作用によるつらさから頑張れなくなり

 

当時の彼女の母親からの一言がきっかけで

漠然とした不安が爆発しました。

 

常に不安が頭から離れず

夜も眠ることができなくなり

 

パニック症状みたいな

外に出て人を見るだけで

動悸がするようになり

 

歯医者さんで20分座っていることが

できなくなりました。

 

こんなつらさを抱えて生きていくくらいなら

もう死んだほうがマシなんじゃないか

と思うこともありま した。。。

 

完全に心が折れて

仕事を退社することにしました。

 

毎日毎日不安なことで頭がいっぱいで

心が休まる時がありませんでした。

 

副作用が強かったので

病院の先生からも薬を中断しようか

という話が出てきて、

 

母からも薬をやめても良いよ

と泣きながら伝えられました。

 

その時は今更何を言ってるんだ

だったら最初から抗がん剤をやることを

強要するな

 

母に対して怒りを感じました。

 

でも、しばらく薬をやめようか

どうしようか考えていると

 

自分の中で出てきた気持ちは

「後悔したくない」という気持ちでした。

 

嫌々始めた抗がん剤だけど、

もしここで中断して

その後癌が再発したら

後悔するなと思ったんです。

 

だったら副作用はきついけど

あと3ヶ月薬をやりきろうと決断しました。

 

この決断から自分の中で

何かが変わり始めました。

 

相変わらず再発への不安や

死ぬことの不安、仕事や結婚などへの

不安はありましたが

 

自分で決断して再開したときから

薬の副作用はかなり少なくなりました。

 

これには驚きで、嫌々飲んでいた時は

薬の副作用がすごかったのに

 

自分で最後までやりろうと

決断した時には副作用が

少なかったでんす。

 

それから3ヶ月は仕事も

やめていたので

 

薬を飲みきるまで

ゆっくりしようと決めて

自分のやりたいことだけ

やってました。

 

(漫画読んだり

 ユーチューブ見たり

 ゲーセンでゲームしたり。笑)

 

ニート生活を

満喫することにしました。

 

相変わらず漠然とした不安は

常に抱えていたのですが、

 

この状態から何とか抜け出したい

と色々動き始めました。

 

会いたかった人に会ってみたり

自己啓発本を読んでみたり

 

その中であるカウンセラーさんの

本に出会った時に

 

それまで抱えていた不安が

全てなくなり前を向く勇気が

湧いてきました。

 

その本に書いて会ったことは

簡単にいうと「損しても良い」

というものでした。

 

自分の望んでいないもの

嫌だったものを

受け入れるということです。

 

僕の場合、望んでいないもの

嫌な物というのは

 

病気の再発、死ぬこと

仕事できないこと(稼げないこと)

結婚できないこと

子どもができないこと

 

それを受け入れるというものでした。

 

この本を読んだ時に

それまで嫌だと思っていたものを

拒んでいたから

 

心がつらかったことに気付き

それを受け入れました。

 

再発しても良い、死んでも良い

仕事できなくても良い(稼げなくても良い)

結婚できなくても良い

子どもができなくても良い

 

と思えることでした。

 

そう思えた時に副作用が

完全になくなり

 

将来に対しての漠然とした

不安もなくなり

 

生きることへの勇気が

湧いてきました。

 

それからすぐに、住んでみたかった

海の近くで一人暮らしを始め

 

開業(自宅開業)し、1年後に結婚し

結婚式をあげ

 

その1年後には子どもも生まれ

今では2児の父になりました。

 

 

 

 

3章 病気を克服して得た、気づき

 

大腸癌という病気になることで

自分の生きたいように生きていなかった

やりたいことをやっていなかったことを

病気が気付かせてくれたと思います。

 

自分で決断することの大切さ

人はいつ死ぬかわからないこと。

 

だから、やりたくないこと

やらなければいけないことを

しながら生きていくのではなく

 

自分 のやりたいことだけをして

生きて生きたいと強く思うようになりました。

 

 

 

 

4章 病気の経験を、今後の人生にどう活かすのか

 

普段あまり意識をしない「死」

というものをまじまじと

意識できるようになったことは

自分の財産だと思います。

 

毎日をやりたいことで

いっぱいにして楽しく

生きていきたいです。

 

お金や家族や時間、能力、環境が

整っていないことを言い訳せずに

やりたいことをやっていこう

と思います。

 

この出来事をきっかけに

心の勉強もするようになり、

 

いかに心が安定して楽に人生を

生きていけるかを追求しているので

 

施術を通して自分と同じように

苦しんでいる人や痛みでやりたいことを

できていない人たちに

 

何か気付いてもらえるように

サポートをしていきたいと思っています。

 

 

 

 

最終章 同じような境遇の人に伝えたいこと

 

これが「正解」

みたいなものはないと思います。

 

治療法にしても感じるままに

自分がやりたいことを選択すると

良いと思います。

 

いま病気の最中にいる人は

つらくてつらくてしんどいと思いますが

 

これもきっと意味のあること。

 

「自分の人生で起こることは全て最高なもの」

だと思います。

 

もちろん何かに気づいたからといって

病気が治る保証はないかもしれませんが

心穏やかに過ごせるのではないでしょうか。

 

病気であっても心が苦しみから

解放されることを願っています。

 

 

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古谷玲央

(フルヤ レオ)

 

〒252-0804

神奈川県藤沢市湘南台1-11-10 201

 

院情報

https://taishin-hari9.com/

=============

 

 

 


 

 

いかがだったでしょうか。

 

日本全国のみならず、世界中には

病気で苦しむ多くの方がいます。

 

それに手を差し伸べることが

できるのが、医療であり

 

整体、整骨院等もその一端を

担っています。

 

ただ、我々はあくまでもサポートであり

治すのは患者自身だと考えています。

 

今回の先生のように

治療方法の良し悪しに囚われず

患者自身が病気とどう向き合うかで

病状は変化する可能性があります。

 

もちろん100%では

ないかもしれませんし

 

それに気づく

きっかけは様々ですが

 

医療とは異なる立場として

病気との向き合い方などを

お伝えしていくこともまた

我々の使命なのではないでしょうか。

 

 


 

 

【ご挨拶】

 

本日、12月27日を持ちまして

2019年の営業が終了となります。

 

今年は、

一般社団法人日本自律神経整体協会

監修の元「キヅキネットワーク」を

立ち上げ

 

業界では初の試みであろう

システムを導入し

新たなる一歩を歩み出しました。

 

この一年で、これまで以上に

多くの方と接することができ

 

国内はもちろん海外などでも

活躍する方々の様々な意見や

お話を伺うことができました。

 

これら一つ一つが

我々にとって貴重な財産

ともなり

 

次のステップへ進むための

礎にもなります。

 

オリンピックイヤーとなる

2020年も多くの方と

お会いできることを期待し

 

さらなる飛躍の年

となるよう

 

初心を忘れず

一歩一歩を踏みしめながら

歩んでいきたいと思います。

 

 

本年は大変お世話になりました。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

 


 

 

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【キヅキネットワーク】
Q & A

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以前のご案内からご入会等に関して

様々なご質問をいただきました。

 

今回のご案内に際していただきました

ご質問に対しての回答を皆様にも

共有いたしますので

 

ご質問や気になることのある方は

ぜひ下記URLを一度ご覧いただけたらと思います!

 

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https://jiritsusinkei-seitaikyoukai.com/kidukinetqa/

 

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